2016年1月12日火曜日

SLGと「超訳 クラウゼヴィッツ『戦争論』」:その3

戦術級のSLGといえば、古くは『大戦略』のように、「ヘックス状に分けられたボード上にユニットを置き、ターンごとに動かす将棋の亜種」が主流でした。しかし最近では、こうしたターン&ヘックス制のSLGはほぼ絶滅し、もっぱら3Dで精緻に再現された戦場を、両陣営のユニットがリアルタイムで動くリアルタイムストラテジー(以下、RTS)が主流となっています。こうしたRTSのなかで、最も優れているゲームの一つが『Total War』(以下、TW)シリーズであることは、多くの人が認めているものと思います。

TWシリーズは、ローマ時代から中世、日本の戦国時代から幕末と幅広い時代についてゲーム化していますが、基本システムはいずれも同じです。そのシステムについて大雑把に説明すると、「各領域の地図上で、自国を発展させたり、敵国を混乱させたり、外交したりする」「数個~十個弱の軍団を各地に派遣して、攻撃or防衛に努める」「自国の軍団が敵国の都市or軍団とぶつかると、戦場のシーンに移り、戦術級のRTSである会戦が始まる」といった感じになります。

会戦では、山地や森、平原、砂漠、城塞都市などの広大な戦場で、自ら編成した数個~20個までの部隊を縦横に動かして、敵部隊を包囲したり、後背を衝いたり、森の陰から奇襲したり、タイミングよく突撃したり、ちりぢりになった部隊を再編成して逆襲したりetcと、刻々と変わる戦況を見ながら軍団を指揮します。リアルタイムで戦場を駆け巡る歩兵部隊や、突撃&追撃に精を出す騎兵部隊の動きは、まるで歴史物の戦争映画を見ているかのような迫力です。

【ニコニコ動画】Total War: RomeⅡ - ゲルマニア戦記 - 序章 第二話

映像だけでなく、個々のパラメータも細かく設定されているところも大きな特徴です。

部隊の前後左右にはそれぞれ異なる防御力が設定されていて、「前方は一番硬く、次に盾を持っている左側が硬く、後方が一番弱い」となっています。部隊には、士気のほかに疲労度があり、「長距離を歩かせたり、全速で走らせたり、突撃させたり、長い間攻撃を繰り返すと疲労度が上がる」「疲労をとるためには、敵の攻撃にさらされない場所で、じっとするしかない」「元気満々だと、突撃&攻撃の威力が高く、早足で機動できる。一方、疲労困憊していると攻撃に迫力がなく、のろのろとしか動けない」感じになります。

また、味方が優勢であれば、士気も高く、多少疲れていても無理押しできますが、後ろから攻められたり、包囲されたり、将軍が殺されたりすると、士気は激減。一定以上士気が低下すると、敗走し始めます。一部隊でも敗走を始めると、よほどのことがない限り連鎖的に他の部隊も敗走してしまいます。なお、敗走した部隊は、一切操作できず、退却するまで見守るか、逃げる途中で士気が戻り、再び操作できるまで待つしかありません。こうして全部隊を敗走させれば勝利、逆に敗走してしまえば敗北です(戦況が不利になった時点で投了もできます)。

部隊の攻撃力、防御力は、部隊の質(兵種なり技術レベル)により設定されていて、将軍の個性として攻撃力や防御力が設定されていないところにも好感が持てます。つまり、誰が軍団を率いていようと、技術レベルが同等である限りにおいては、兵数の多寡及び指揮の巧拙が勝敗を左右するということです。TWシリーズにおいては、呂布がジュンイクに100%勝つようなことはありません。

このようにTWシリーズの会戦は、戦術級のSLGとして実によく出来ているといっていいでしょう。しかしですねぇ、こんな“将軍シミュレーター”というべき完成度の高いゲームに対しても、やっぱり不満があるわけですよ。

以下、パッと思いつくことをあげつらうとですね。

「部隊を鳥瞰的に眺められるなんてあり得ない」
「全部隊の士気、疲労度や兵数などを100%把握できるなんてあり得ない」
「各部隊とも予測通りに動き、決して遅延、落伍しないなんてあり得ない」
「隷下の部隊が命令に絶対背かず、100%理解して行動するなんてあり得ない」
「無線のない時代なのに、逐次の命令変更が瞬間的に反映されるなんてあり得ない」

てな感じなります。もっとも最近のTWシリーズでは、最難関モードで「戦場を鳥瞰できず、直率する部隊の視点のみで指揮する」ことができたりします。それでも他の4点については、↑にある通りですからね。

こういった点について、実際の戦場ではどうなのか? クラウゼヴィッツの言葉から引用します。

――作戦の開始後に入ってくる情報は、正確なものなど一つもありはしない。特に野戦司令官のもとには、誇大であったり捏造された、不安をかきたてる情報の粗大ゴミが次々と波状に押し寄せてくる。
(93頁)

軍司令官が、隷下部隊の某指揮官に対し、「X日のY時までにP地点まで進出して、Z時からの総攻撃ではQ地点の敵を撃攘すべし」という命令を確かに下したのだが、その部隊がどういうわけかX日のY時になってもP地点にいっこうに姿を見せぬ……という齟齬・蹉跌は、実戦ではあたりまえのように起こる。大部隊を実兵指揮したことのない「机上戦史空想家」がしましば想到できぬ現実だろう。

某部隊は、突然の局地的大雨に遭って平地が泥濘化し、砲車が轍に埋まって進めないのかもしれない。大森林の中で方位を間違えたのかもしれない。欧州では磁石の針が真北を指さない所があちこちあるので……。指揮官が食中りの急性症状を呈し、弱気になって統率が混乱しているのかもしれないし、部下が反抗的になって強行軍をサボタージュしているのかもしれない……。
(96頁)

過去の著明な戦争の最高司令官たちは、残されている資料を読むと、まるで、みずから率いた国家や軍という<戦争マシーン>に内在する何の摩擦も覚えていなかったかのようだ。
~~中略~~
国家や軍という<戦争マシーン>は、個人の四肢のようには働いてくれない。――(270頁)


とまあ、かくの如しです。いくら士気や疲労度などが精緻に設定されていたとしても、そういった情報を100%正確に把握できる時点で、TWシリーズのみならず、他の戦術級のSLGの中身が、実際の戦争とは程遠い“何か”であるということ。見方によっては、それなりに重い竹刀や棒切れを使い、叩かれれば痛いことが確実な“チャンバラごっこ”の方が、戦術級のSLGよりもよっぽどリアルな戦争に近いとさえ言えるのかも知れません。

(つづく)



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