2012年12月23日日曜日

「野村『ID』野球と落合『オレ流』野球」、川崎憲次郎

●目次
・第1章:強いチームの作り方
・第2章:勝つために必要なこと
・第3章:名将が求める人材
・第4章:選手の再生と復活を信じる
・第5章:この人について行って良かった

帯に「野村克也のもとでエースに育ち、落合博満のもとで引退の覚悟を決めた、沢村賞投手の川崎憲次郎だからこそわかる、二人が『不世出の名将』と評される理由」とあるんだから、四半世紀来の落合ファンとしては、買わずにはいられません。というわけで、帯を視認してから数秒で手に取り、レジに持って行って、帰りの地下鉄車内で読んだわけですが……。中身についていえば、そこまで大したことを書いているわけではありません。

ただ、現役時代は間違っても理論派と呼ばれることはなかった著者の処女作として見れば、及第点以上の内容です。何より、この本のためだけに森繁和への独自インタビューを試みていたり、プロ野球選手OB本にありがちな“自分語り”を極力抑えていることから見ても、著者(及び編集者)なりに中身を十分に練り上げ、新味のある読ませる本作りを目指したことが十分に伝わってきます。小遣い稼ぎで講演ネタを切り売りするような野球本が氾濫するなかで、こういう誠実な作りの本を出されると、それだけで好感が持てるというものです。

全体の構成は、「野村の言葉(=ミーティングでメモに取った野村語録」を端々に挟みながら、野村と落合のマネジメントの美点を描き出す――というもの。具体的な内容については、野村及び落合の著書の読者であれば、既読のものがほとんどです。ただ、ところどころに他の著作やスポーツ紙などでは語られなかったエピソードが混じり込んでいて、これがなかなかおもしろい。

一つ例を挙げてみると――

また、チームが優勝回数を重ねはじめたころも、こんなことがありました。あるベテラン選手が「見逃し三振」を喫し、ベンチに戻ってくるなり、

「今のはボール(カウント)だったよな?」
と、近くにいた同僚たちに聞きました。
「ボールだよな?」

後日、落合監督はそのベテラン選手と球場通路ですれ違いました。

「なあ、打てなくてもいいから、それだけはやめてくれよ」
「……」
「どれだけ周りに悪影響か……」

そのベテラン選手は悔い改めたそうです。
(221~222頁)

――といった具合。

あともう一つのお楽しみは、この手の野球本のお約束でもある「投手川崎が見た打者落合」の分析。ちょっと紹介してみると――

「打者・落合」の心象をひと言で言うならば、やはり「ブキミ」でした。

(中略)

まず、相手の「弱点」に基本を置いてからどういう配球をしていくかを話し合うわけですが、落合監督の場合、「これだ!」という弱点がまず見当たりませんでした。

(中略)

あの野村監督でさえ、「基本はインコース、あとはボール球をどうやって振らせるか」と言いながらも、「多少は(打たれても)仕方ない」という言い方でした。

しかし、私は落合監督と対戦し、こんな経験もしています。いつだったか、ウイニング・ショットでスライダーを放ったときでした。

ピッチャーとは不思議なもので、投球モーションに入ってまだボールが指先に掛かっているときでも「ヤバイ、打たれる」と、直感することがあります。スライダーを投げたときは、「被弾」を覚悟した瞬間でした。

すると、落合監督は「わざと!?」と思えるくらいな、気の抜けた空振りをしました。

私は落合監督にそのときのことも質問しました。
「それは、軌道が違うからだよ」
(191~192頁)

――と、期待に違わない痺れるエピソードだったりします。

落合ファンにとっては新味の薄い本かも知れませんが、新書のような感覚で「野村と落合を見比べられる」(=実のところ両人とも、鶴岡一人から連なる「データを重視して慎重に戦う正統的な野球人」であり、本質的な違いは少ない)便利なツールとして使える本なので、冬のボーナスでまだ懐が温かいのであれば、買っておくのが良いと思います。

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