2012年1月9日月曜日

1月末くらいには週刊誌が叩いてるだろうけど

連続テレビ小説の最高傑作『ちりとてちん』の脚本家である藤本有紀氏の脚本とあれば、NHKと契約していなくても初回くらいは観なきゃいかんだろう――と思い立ち、近所のネットカフェでNHK大河ドラマ『平清盛』を鑑賞したんですが……。去年観た『江』よりは100倍マシだったことは間違いないものの、1時間10分の鑑賞時間が2時間以上に感じられるくらい、観続けるのが苦痛であったことも確かなことで、つまるところ「NHKと契約していたとしても、次の回を積極的に見ることはなかっただろうなぁ」ってのが結論です。

以下、とりとめのない感想です。

・女の伝騎? アノ時代にそんなものいたか? って北条政子ぉっ!? 姫にしては汚すぎるなりだし、いくら男勝りとはいえあんなことはしないだろうよ。

・男勝りの描写でギリギリ許せるのは、せいぜい『独眼竜政宗』の義姫――初回、いきなり猪を射る13歳の姫。中の人は50代の岩下志麻――くらいだなぁ。あれだってちゃんと駕籠に乗ってたし、格好も小奇麗だったしね。

・ともあれ、全体的に小汚い感じなのは悪くない。ディザリングは良くがんばってると思う。ちゃんと血も出てたし。一応、“おんな大河”とは一味違うぜという志を見せてくれたことはよしとしたい。

・けど、志を見せるポイントがディザリングとか大道具とかみたいな枝葉のことだけであって、根っこのところは「人殺しと戦争、ダメ、ゼッタイ」な“おんな大河”であって、結局のところ借景ドラマでしかないんだよなぁ。

・って、院の子で確定ってこと? そりゃぁないでしょ。この辺が曖昧であることこそが平家モノの醍醐味なわけで、一番面白いところなんだから。大体、院の子であることが確定しちゃったら、清盛の成り上がりには「太閤記的カタルシス」が一切なくて、たんなる「貴種流離譚」でしかなくなっちゃうわけだし。

・てか、成り上がったところで「元々、院の子なわけだし、尊い血の持ち主なんだから、朝廷を牛耳ってもOKっしょ」「武家の世? いや、あいつは帝の血を引いてるんだから、ある意味、まだ公家の世でしょ」ってハナシになるわけで……。

・つまるところ、この辺のところを曖昧にして、清盛自信の実存的な悩みとかをサラっと見せながら絢爛豪華で血みどろなドラマを描ききった『新平家物語』は、日本の歴史小説の最高峰なんであって、↑のような吉川英二の偉業は素直に引き継ぐべきだと思うんだけどなぁ。

・ともあれ、場面転換とか台詞回しは上手い。説明的なセリフも出てこないし。この辺は脚本家のスキルが前任者に比べて圧倒的に優れていることを証明している。ただ、↑のようなテーマ設定や借景ドラマっぷり、あと、頻出する「王家」なんかについては、脚本家の責任というよりはコンセプトを決めて脚本家に発注しているNHKの責任というべきなんでしょう。

・暴力(血であり殺人)に対してあまりにもセンシティブであり過ぎるところがねぇ……。江戸時代でさえ、自宅の軒先に生首並べて酒を飲む趣味の武士がいた――もちろん多数派ではなかっただろうけど、特段猟奇的な趣味というわけでもなかった――くらいなんだから、あの当時であれば「現代のDQNが因縁つけるくらいの頻度」で人殺しがあったはずだしね。

・あと、御所の中で弓を構えるってアホか? まして院の御前で血(=穢れ)を見せるなんてあり得ない! 殿上人になった忠盛を殺害せんとする公卿が、「血を一滴も流さないため、わざわざ袋に入れて撲殺する」くらい血には神経質なのに。

・百歩譲って忠盛と女と捕縛すべく、護衛が囲むのはいいとして、弓を構えるってのはない。もしかしてアレか? ダメな本邦の刑事ドラマみたいに「犯人をピストルor自動小銃を構えた機動隊員が囲む」みたいなのをやりたかったのか?

――って文句を書き続けていたらキリがないので、とりあえずここまで。それにしても「王家」のセリフは、全部「朝廷」にしても全く違和感がなかったんだけど、なぜ、「王家」でなければならないのかなぁ。仮に史実に近づけたみたいなふざけた理由であるとするなら、↑のような史実無視とは整合性がとれないよね? そもそも清盛のご落胤説だって今となっては完全に否定されてるんだし。

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