2011年10月19日水曜日

私家版・日刊スポーツ2011年優勝特集メモ

◆落合手記

あいつらに火をつけた分岐点があるとすれば2つだと思う。1つはオレの退任が発表される前、(9月中旬の)ジャイアンツ戦で負けた後、変な行動を起こした球団の人間がいたといううわさが出た。選手からしたら、負けてガッツポーズされるって気分悪いよ。勝つために何年も苦労して、人が寝てる時も練習して、長いこと休みなしでやってきて、負けてなんでガッツポーズされるんだよって。オレたち勝っちゃいけないのかよって。だから勝って、見返してやろうじゃないかって。負けじ魂に火がついたんだ。それからだよ、逆転の物語が始まったのは。

その後にオレの退任が発表された。実は去年の優勝旅行、西川さん(前球団社長)に、3月で辞めるって聞いたときにこうなるとは感じていた。だから、あの日(9月22日)も簡単だった。東京から新幹線で(午前)9時にオーナーのところに行った。何も知らされていなかったから、(退任か続投か)どっちかなと思っていた。来年契約ないと言われたから、はい、わかりましたと答えた。何も言うことはないし、その必要もない。だって契約社会にいるんだもん。その後、中日新聞本社の役員会に諮られて、(午後)3時の記者会見で退任発表となった。そこまではいい。

でも、あとで聞いたらその日の親会社の夕刊に退任記事が出たらしい。オレが前の日までに知らされていて、あの日に発表ならわかる。でも、オレは何も聞かされず、朝一番の新幹線で座席もなくて立ったままきた。なのに、もう夕刊に出るのかよ。役員会に諮る前に、前の晩に決まっていたってことじゃないか。手回しが良すぎるだろう。時間的に順番がおかしい。周りもそういう見方をしたと思う。

・分岐点があるとすれば、この2つだろう。

◆坂井球団社長の回答

今季、巨人戦の敗戦後に球団内でガッツポーズをした人物がいたという話について、坂井球団社長は「そんなことをするはずもない。そうとしか言いようがない」と否定した。また当初はヤクルトとの首位決戦後の9月26日に退任発表する予定だったが、22日に繰り上げたことに関しては佐藤球団代表が「不正確な情報が外部に漏れると、混乱を招く恐れがあった」と説明していた。

――事実はデイリースポーツにあった通りなんでしょう。ガッツポーズをした坂井球団社長としては、真正面からこう聞かれればこう答えるしかないわね。

◆鈴木忠平記者の記名記事

快進撃の裏には指揮官が見せた「抵抗」があった。退任発表の日、球団からは記者会見を行うこと、選手に退任を説明することを要求された。だが、断固拒否した。試合前、球団首脳が説明しようとすると立ちふさがった。

「今はまだ戦っている最中なんだ。何の区切りでもない。どうか選手にそんなことを伝えないでくれ」

白井オーナーのいる部屋をノックした。直談判して了承を得た。そして、普段通りに指揮を執った。

◆枡井聡記者の記名記事

(都築注~浅尾拓也投手について)疲れはピークに達していた。9月に入って、体の異変にチームスタッフが気付いた。極度の疲労から弾力性のあるしなやかな腕の筋肉が硬直していた。

肉体的にも精神的にもボロボロになりかけた。そんな時だった。9月20日の横浜遠征。落合監督がポツリと漏らした。「だんだんとプロ野球選手に近づいてきたな」。

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