2011年1月9日日曜日

『食堂かたつむり』に言いたいこと:その1(時系列)

本を読んで言葉が出ないくらい打ちのめされたのは、中学三年生のとき『さらば星座 第3部奔流の巻・下』(黒岩重吾著)を読んで以来というくらいにショックを受けた『食堂かたつむり』。もちろん「泣いた!」「感動した!」とかではなくて、「怖ッ!」「キモッ!」という感想であって、それ以上でもそれ以下でもないわけですが。

で、一晩経って冷静になってから改めて読み直してみたのですが、じっくり読んでみると、10行に1個レベルの突っ込みどころ以上に、時系列とか場所とかが非常にぼんやりしているわけです。というか早い話、場面場面の「5W1H」が全然わからないんですよ。

なもんだから、「食堂かたつむりの感想や解説をザザッとナナメ読みして補完してみっか」とネットサーフィンしてみたら、杜撰さやリアリティの無さを指摘するサイトはあるものの、具体的に何がどうおかしいのかまでを突っ込んでいる人が見当たらず、読んでいる内に次々と浮かんでくる疑問、矛盾がいっこうに解決されず、別の意味で気持ち悪くなったわけです。

――だったらどうすればいいのか? 自分で解決するしかないだろう。ファイヤーマンのOPで子門真人が歌っているように、誰かが向かっていかねばならぬし、不思議の謎も解かねばならぬわけだから――

というわけで、『食堂かたつむり』の感想や突っ込みどころについて書く前に、作品の「5W1H」を、無知な読者なりに検証してみたいと思います。

*以下、重大なネタバレを含みますので、これから『食堂かたつむり』を読んでみようと考えている方は、閲覧せずにスルーしてください。












まず、物凄くぼんやりしている「時系列」ついて。どのくらいぼんやりしているかというと、普通に読んでいたら、ブライアン・デ・パルマの怪作『ファム・ファタール』みたく、その場その場で都合の良い日時を設定しているようにも見えるくらい。なわけで、まずはこの物語が「いつから始まって、いつ終わったのか」を確認してみたいと思います。

<都築が考えた時系列>
①9月上旬~中旬:恋人に裏切られ失意の帰郷。そこで食堂を営む決意をする。
②9月中旬~10月中旬:食堂の開店準備。
③10月下旬:食堂かたつむりオープン。熊さんザクロカレーを食す。
④11月上旬:お妾さん来店。
⑤11月中旬:高校生カップル、お見合いカップル来店。
⑥11月後半:拒食症のうさぎを預かる。
⑦12月24日:ゲイのカップルにケータリングする。
⑧12月31日:一人でお節をつつく。おかんはハワイへゴルフ旅行。
⑨2月半ば:ふぐパーティ後、おかんが「がん」に罹患していることを告白する。
⑩4月下旬:エルメスを解体する。
⑪5月上旬:おかんの結婚パーティ。
⑫5月下旬:おかん死去。
⑬もうすぐ初夏:鳩を食べ、声を取り戻す。

<上記の根拠>
①「ちょうど季節だったので、私は熊さんが家の庭で育てている無農薬の甘酸っぱい林檎を分けてもらい、それを使って酵母をおこした」(57頁) エルメスの世話をスタートさせた直後の描写。恋人の失踪から帰郷までは丸1日。その直後にエルメスの世話を約束させられる。林檎の収穫期は9月中旬であり、そこから逆算すると物語の発端は早くても9月上旬と推定される。

②③「ザクロは、昨日、私がひとりで山に入り、まだ枝に残っていたのを木に登って必要な分だけ採ってきた」(79頁) ザクロの収穫期は10月一杯までなので、オープンが11月とは考えにくい。そこから逆算すると、開店準備期間は目一杯とっても「9月中旬から10月中旬」と推定される。

④「数日後、熊さんはこの一件で何かひらめいたらしく、今度は熊さんの家の隣にすむ『お妾さん』(都築注~二重括弧内は原文では傍点)を連れて、食堂かたつむりに現れた」(89頁) 紹介されたのがオープン数日後のことで、その後、面接、食材の仕入れ期間を考慮すると11月上旬と推定。

⑩「けれど血のソーセージだけは中に入れる内臓の鮮度でおいしさが左右されるので、私は知のソーセージ作りから着手した」(222頁) 屠殺直後に作らなければならず、かつ日持ちしない食材なので、結婚式の予定日である「5月上旬の連休」に間に合わせるためには、遅くとも4月下旬には解体する必要があると推定。

⑫「生涯思い続けた初恋の相手と再会し、結婚し、彼の妻になり、たった数週間でも夫婦生活を営めたことで、生きる欲望をすっかりなくしてしまったのかもしれない」(237頁) 5月上旬の結婚パーティから数週間の結婚生活という記述から見るに、5月下旬から6月上旬に亡くなったものと推定される。

そのうえで、以上の時系列を前提とした場合に考えられる不都合な点は、

・1カ月でゼロから食堂の開店準備が出来るものなのか?
・開店までの1カ月間の生活費はどのようにして工面したのか?
・2月半ばに見つかり、その3カ月後に死ぬほどの「進行性のがん」はあり得るのか?
・こうした「進行性のがん」に罹患していた女性が、どうやって死の半年前にハワイでゴルフできるだけの体力を維持していたのか?
・がんによる死の数週間前に、長時間立ちっぱなしの結婚パーティができるものなのか?
・母親の死に際してお通夜、告別式、四十九日法要はどのようにしたのか?
・法事をしていた場合、喪主が声を出せない状況でどのようにして挨拶したのか?

というものです。細かなリアリティについては後ほどまとめて言及するつもりですが、「進行性のがん」については、がんで父親を亡くした人間として、一言言いたいことがあります。

上記の如く急速に進行するがんであれば、多くの場合で患者の体力が旺盛である――一般に体力があればあるほど、新陳代謝も活発で、その分、がん細胞が分裂・増殖するとされている――ものですが、ここでいう体力が旺盛というのも「20~30代の男女」「40代の男性」というほぼ壮年期レベルの体力ですからね。芸能人でいえば堀江しのぶがスキルス性胃がんで急死していますが、彼女のケースでも「体調不良を訴えた数ヵ月後に入院、半年後に死去」というタイムスケジュールでしたから。40代後半女性であるおかんのケースでは、いかに悪辣ながんであったとしても、絶対的な体力が落ちているので、そこまで急速にがんが悪化する可能性は少ないんじゃないでしょうかね?

ともあれ、時系列については一応、上記のように考えればさほど大きな矛盾なく飲み込めそうです。

参考:ファイヤーマン 第1話「ファイヤーマン誕生」





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