2010年11月18日木曜日

*読書メモ:生き残る判断 生き残れない行動(その2)

特殊部隊の兵士は常人ではない。彼らは化学的に異なっている。血液標本を分析すると「ニューロペプチドY」(ストレス下での任務遂行の集中を助ける働きを持つ化合物)の分泌量がかなり多いことがわかっている。偽の尋問後、特殊部隊の兵士たちのニューロペプチドYは通常レベルに戻ったが、それ以外の兵士たちは減少したままだった。

模擬監禁の前後に、特殊部隊の兵士は他の兵士より解離症状を示すものが少なく、あっても軽度だったと報告されている。相関性は明らか。兵士たちの解離症状がなければないほど、それだけニューロペプチドYが多く作られ、より適切な行動が取れる。

奇妙なことに、特殊部隊の兵士たちは、育ってきた環境全般にわたって通常より多くの心的外傷を受けてきたことも報告している。普通なら、過去に心的外傷を受けていれば、ストレス下の行動はより不適切になると思われる。なぜ、こんなことが起こりうるのか? 氏と育ちは容易に分けられないだけに、なんともいえない。では、氏が同じ(一卵性双生児)ならどうなるのか?

一卵性双生児であるジェリー・トンプソンとテリー・トンプソンのケース。ジェリーはベトナム戦争に出征した経験があり、ベトナム戦争ストレス症候群と診断されている。2人の脳はどのように変わったのか?

脳の画像を見ると、双子の組の“なか”では海馬はほぼ同じ大きさだった。戦争による心的外傷が海馬の大きさを著しく変えることはなかったのだ。しかし、双子の組の“あいだ”には大きな違いがあった。心的外傷後ストレス障害にかかった復員軍人を含む双子の組は、障害にかかっていない復員軍人を含む双子の組よりも小さな海馬を持っていた。

つまり、海馬は心的外傷を受ける以前から比較的小さかったということであり、特定の人たちはベトナムへ出発する前から心的外傷後ストレス障害に陥る危険性が高かったということ。特殊部隊の兵士は先天的に違う人間なのだ。

特定の状況下――炎上している飛行機、沈みつつある船、いきなり戦場と化した街角――では、多くの人は全く動きを止めてしまう。決定的な瞬間がきても何もしない。身体の機能を停止してしまい、急にぐったりして動かなくなってしまう。この静止状態は無意識のうちに訪れ、パニックよりもずっと頻繁に起きる。

こうした麻痺は、動物にも起きる。ニワトリ、カエル、ヘビ、ねずみ……。どの動物も極度の恐怖にさらされると完全に活動を停止する。恐怖を感じれば感じるほど、それだけ長く動物は“凍りついた”状態を続ける。

麻痺状態になる動物は、ある種の攻撃に対して生き延びる可能性がより高くなる。例えばライオンは、病気や腐敗した獲物を食べるのを避ければ、より生き延びる可能性が高い。よって、多くの捕食者はもがいていない動物には興味を失う。食中毒を避ける古典的な習性だ。これを受けて餌食になる動物がこの隙を生かすべく進化した――。もちろん死んだ振りが絶対に成功するわけではないが、ほかに逃げ道がない場合には理に適った戦略といえる。

ヴァージニア工科大学銃乱射事件では、フランス語授業が行われた教室の唯一の生存者が“麻痺”していた。一方、エストニア号沈没事件では、デッキが30度傾き浸水しているにも関わらず“麻痺”して死んだものが多数いた。両事件の共通点は、全員が攻撃を受け、閉じ込められたことと、通常体験することがないほど極度に怯えていたことだろう。「わたしたちは、以前は適応性のあった反応が、科学技術が進歩した結果、もう適応性がなくなった状況を目の当たりにする可能性がある」(301頁)。

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