2010年10月30日土曜日

今中慎二、「中日ドラゴンズ論」:その3

「情理的な星野仙一と合理的な落合博満との対比」、「落合のメディア対策」、「中日選手が一様に地味に見える理由」など、読みどころの多い本だが、コアなファンにとって一番面白いポイントは、「第5章:中日ドラゴンズと未来」で語られている後輩への叱咤だろう。とりわけ川上憲伸投手、高校の後輩である平田良介選手に対する愛の鞭は、実にクリティカルなもの。

「ドラゴンズでいえば川上がいい例です。彼は毎年サイパンで自主トレを行っているため、キャンプ直後での仕上がりはいいですが、ゲームになると思うような結果を出せない。耳にしたことがある人もいるでしょうが、よく『川上はドーム球場以外では勝てない』と言われていました。事実その通りです。ブレーブスへ移籍した2009年、特に2010年など顕著ですが、屋外球場の多いメジャーリーグで思うような結果を得られていません」
「~~中略~~温暖な地域で自主トレを行うことを完全に否定するわけではありませんが、このようにシーズンでのパフォーマンスが出ない理由をもっと考えれば、おのずと改善策は見つかるはずです」(185頁)

「かつてのドラゴンズでは川上がその典型でした。肩に不安があったこともありますが、川上はシーズンに入るとほとんど投げ込みをしませんでした。当時のコーチたちもその点については指摘していたみたいですが、それでも改善できていなかったようです」
「だから川上はよく夏場にバテてしまうのです。ゲームでのペース配分は分かっていても、シーズン通してのそれは理解していない」(189頁)

「本人には厳しいようですが、今のドラゴンズですと平田がいい例でしょう。現在の彼は、ロッテの西岡剛と日本ハムの中田翔とともに自主トレを行っています。3人とも私の高校の後輩ですし、その縁もありみんなで行っているのでしょうが、平田は将来、どんな選手になりたいと考えているのでしょうか。本心はわかりませんが、少なくとも今のままではチームが求める選手にはなれないでしょう」
「~~中略~~もちろん、西岡はプロ野球界を代表する素晴らしい選手です。一生懸命努力もしますし、その過程で得たプロとして生きていくための秘訣は持っているでしょう。であれば、平田はそれを活かすことができているのでしょうか。聞いていたとしてもプレーに活かせていないのでしょうか。そもそも西岡は足を活かして出塁する、いわば平田とはまったくタイプが違う打者です」
「だったら、同じ高校のOBである西武の中村剛也のところへ行けばいいのでは、と私は思います。彼は2008、09年と2年連続でパ・リーグの本塁打王になっており、日本人では一番のホームラン打者です。ドラゴンズが平田に求めている長打力に磨きをかけるには、もってこいの選手といえるでしょう」
「~~中略~~自主トレは遊びではありません。その年の自分がどのように成長していくかを図るうえで最も重要な時期です。平田に限らず、他の若いせんしゅについても他球団の選手とともに行うのは構いませんが、明確な目的意識をもってやってほしいものです」(183~184頁)

なぜ彼らが自らの才能をフルに発揮できないでいるのか? 現時点では、この今中の批評以上に説得力のある論を手前は知らない。このような容赦のない“愛の鞭”は他にも所々で炸裂している。

落合ファン的な読みどころとしては、「現役時代、守備位置の変更については逐一ベンチが指示するようにお願いしていた」「間違った憶測記事を書いた記者を呼び出し『お前のところは嘘を書くのか?』と内容の説明を求めている」といった、この本で初めて明らかにされた事実もさることながら、落合自身が「打たなければ良かったHR」と後悔している91年9月1日の広島×中日戦について、今中視点で回顧しているパートがハイライトといえるだろう。

「私は3日前の巨人戦で投げていたのですが、星野監督、コーチから『ベンチに入ってくれ』と頼まれたため、リリーフに備えてスタンバイしていました。試合は、3点差で劣勢。『登板はないかな』と思っていたところ、9回表に見事同点に追い付き、私もいよいよ登板かとブルペンで気持ちを盛り上げていました。しかし、結局登板したのは当時のストッパー、森田幸一さんでした。残念ながら、森田さんが打たれてしまい、試合はサヨナラで負けてしまいました」
「私はそそくさと帰りのバスに乗り込むとすぐ落合さんに呼ばれ、こう言われました」
「『何のためにお前はベンチに入ったんだ? 投げるためだろ。なんで9回に行かなかったんだ』。~~中略~~落合さんが私を責めたのは、なぜ大事なゲームでベンチに入りながら自ら『投げさせてください』と志願しなかったのか、ということだったのだと思います」
「落合さんはあの広島戦がシーズンの今後を占ううえで大事な試合で、勝たなければいけない試合ということを分かっていて、だからこそ、私を怒ったのです」(82~83頁)

ここで落合が今中を責めていたことは初めて知った。落合自身も『プロフェッショナル』で以下のように回顧している。

「天王山に臨むにあたり、最も大切なことは何か。それは、首脳陣と選手が共通した認識を持って戦い、勝利を挙げることだ。この日の中日で言えば、投手陣を総動員してでも勝つということだった。ところが、そうした展開に持ち込みながらも切り札の今中を使わずに敗れたことで、首脳陣と選手の認識には微妙なギャップが生まれた。これは、見えないブレーキとなってチームを失速させてしまう」
「シーズン終了後、私は大野から同点3ランを放ったことを後悔した。あの場面で凡退し2対5で敗れていれば、それは『ただの1敗』になった。ところが、同点にしたことで今中投入の機会を作り、ここで首脳陣と選手の認識のギャップを露呈させ、さらに敗れたことで『優勝の行方を決める1敗』にしてしまった」
「一打席ごとに全力で勝負に挑んだ結果とはいえ、これは私が記録した510本の中でも『打たなければよかった』という思いにさせられた唯一の本塁打である」(260~261頁)

このほかにも巻末の川相昌弘×中村武志×今中の鼎談――この3人が揃えばイヤでも出てくるのが10.8の回想!――など、読みどころは本当に数多くある。野球解説本としてだけでなく、2010年に出版された全ての野球本のなかでも1、2を争うほど面白いといえる。中日ファン、落合ファンであれば文句なしに楽しめる一冊だ。

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