2010年8月30日月曜日

『第5共和国』は、現代韓国の『史記』:その2

全斗煥の悪辣ぶりは、粛軍クーデターで陸軍本部を騙し討ちにするところでもエグく描かれていましたが、それ以上に悪く描かれているのが光州事件のエピソードです。

*光州事件って何? って人はこちらをご覧ください。「光州事件(日本版wikipedia)」。早い話が、「光州市で起きた大規模な民主化デモを、全斗煥率いる新軍部が派手に鎮圧した事件」です。

ドラマでは、光州事件が徹底的に美化されています。

デモ側の役者は揃ってイケメン(ブサイクなのは早々に射殺されるキャラだけ)で、一々大仰なセリフを喋り、一々悲劇的に死に、「この死が、この国の民主化に繋がるのだ」「民主化した暁には、我々の死が蘇るのだ」みたいなことを言います。

一方、デモを鎮圧する軍側の役者はいかつい面構え(イケメンは引き金を引くのを躊躇う良心的な兵士だけ)で、一々容赦なくデモ隊をぶん殴り、射殺し、「あいつらはアカだ、やっちまえ!」みたいなことを言います。

デモ鎮圧に当たる全斗煥は文字通りラスボス並みの極悪さで――

・新軍部は80年1月から哀情訓練(デモ鎮圧を目的とした特殊訓練)をやっていた。
・新軍部は4月の新学期スタートから学生運動が活発化するのに備えていたのだ。
・しかし、それは建前。真意はデモ鎮圧に名を借りて戒厳令期間を延ばすことにあった。
・戒厳令を延ばし、デモ鎮圧のために軍を出し、国家保衛委員会を設置する。
・こうして三権を新軍部の支配下に納めることで、クーデターを完成させる。
・全斗煥は自ら大統領になるために、こうした策謀を早くから練っていたのだ!

――という、曲解に曲解を重ねた超絶陰謀論を大真面目に展開。

途中、デモが拡大するにつれて全斗煥は、報道規制をかけまくったり、「デモは北朝鮮のスパイが扇動したものだ!」「金大中が光州の学生に金を渡してデモを扇動した」というハナシを捏造したりとやりたい放題。光州事件の発端から拡大、鎮圧にあたっての無差別殺人まで全部が全部、全斗煥のせいにしています。

でも、一歩引いた目で見れば、「新学期を前に学生運動を警戒するのは、治安を任された人間として当然の責任じゃね?」と思うんですけどね。そもそも、陸軍武器庫を襲撃(劇中では警察署のみを襲撃。陸軍武器庫は影も形もなしで史実を美化)して5000丁もの小銃(劇中ではM1カービン)で武装したデモ隊は、全斗煥の言うとおり暴徒であって、完全なる内乱ですよ。これを中央政府が実力で排除するのは常識でしょう?

それにデモの発端は自然発生的だとしても、その拡大にあたっては、北朝鮮のスパイが一役買った側面もあったと考えるのが自然かと。

当時、韓国の大学に北朝鮮のスパイが浸透していたことは紛れもない事実(在日朝鮮人スパイも数多く浸透、逮捕されていた)で、5月21日に光州近くに侵入した工作船を撃沈した事件もあったことも考えると、デモ開始の5月18日から鎮圧された27日までに北朝鮮のスパイやシンパがデモ拡大を扇動したり、戦闘や組織化の指導をしていた可能性は十分に考えられるわけです。全斗煥が“捏造”したハナシも、真っ赤なウソとはいえないと思うんですよ。

でも、ドラマでは内部スパイ説について「新軍部によるかく乱工作」と決めうちし、その象徴として「毒矢事件」(新軍部のスパイによるデモ隊へのかく乱工作)を大々的に取り上げるのみ。本物のスパイがデモを煽ったなんて話は一切出てこない。

もちろん、全斗煥はどう考えてもやりすぎとは思うけど、当時の韓国が“反共の砦”の最前線だったことを考えれば、「あれくらいやらないと、容共統一してしまった可能性もゼロじゃないものなぁ」と同情したくなるもんです。デモの建前が建前だから、在韓米軍だって簡単には介入できなかったでしょうから。

この辺の感覚は、冷戦の真っ只中を経験しているか否か、共産主義や社会主義に対する嫌悪感の有無で変わってくるんでしょう。朝日新聞や岩波書店なんかは「容共統一すべし!」と力強く主張し続けてきたからこそ、朴正煕や全斗煥には異様なまでに点数が辛かったわけで(どうでもいいけど、手前にとっては未だに「ぼくせいき」「ぜんとかん」「きんだいちゅう」なんですが、ウチのIMEはバカだから、この読み方では変換してくれないのですよ!)。

ともあれ、ここまで「デモ隊=絶対正義、全斗煥=絶対悪」という単純解釈をする国に、「冷静に歴史を見つめる」なんてことを求めるのは無理な相談だということが、心の底から納得できました。少なくとも第7共和国のあいだは、日本との「歴史問題」が解決することはあり得ないでしょう。もし、解決できる可能性があるとすれば、「第8共和国へと政権交代した後、前政権を全否定したとき」しかないんだろうなぁ。



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